春は名のみの 風の寒さや

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 3月も末近くなって、また冷え込みが続く日に、

国有地の売却疑惑に関する国会の証人喚問が、23日(木)の午後にテレビで中継されると知って、これはパソコンのネット動画ではなくテレビを見なければと泊りがけで出かけました。 

 もう10年近くテレビを保有せず、ネットとラジオのニュースで充分なのですが、今回はその全容を知るために視聴しました。

それは、まるでテレビドラマを見ているようでした。証人も質問する議員も、タレントというより名優のように見えました。そのセリフ、その表情から、すべてが伝わってきます。

 「トカゲのしっぽ切り」に始まる証言と質疑応答の場面では、「同じ穴の貉(むじな)」が仲間割れの様相から、世間を欺いて利を得ていたのは、どちらが狸か兎か、カチカチ山やグリム童話を連想する内容もありました。

 しかし、これは寓話ではない。単に贈収賄の疑獄とは異なる権力乱用疑惑の事件ではないかと察したが、事件が露見したために、揉み消しに躍起のような、あきれた事態が起きていることを、視聴者はどのようの受け止めたか。国民の知らないところで起きている今回のような疑惑と事実は、偶々、発覚した氷山の一角かも知れない。   なぜ、このようなことができるのか。

 真相を解明する証拠がなければ、真実は「藪の中」で葬られる。

「トカゲの尻尾切り」とは、  (参考:全辞書検索 JLogos・コトバンク)

トカゲが危機に瀕した時に、自ら尻尾を切除し外敵から逃れる行動のこと。人間の組織で不祥事などが露見したとき、上位の者が下位の関係者に責任をかぶせて逃れること。    政界の汚職事件では、相変わらずとかげの尻尾切りで大物はなかなか捕まらない。     (不祥事=関係者にとって不都合な事件、事柄) 

異常気象だけではない、日本の春。

証人喚問の中継を見終えて、閃いたのは、「早春賦」の歌詞です。

~春は名のみの風の寒さや 谷のうぐいす歌は思えど 時にあらずと 声もたてず~

暦の上では春になったといっても それは名ばかりでまだまた風は冷たく寒い。谷で冬を越した鴬も里で「春が来た」と告げようとするが、寒くて「まだその時ではないか」と、声を潜めている。1913年発表の吉丸一昌作詞、中田章作曲による名歌曲)より。

 そして、先日の初夏のように暖かかった春分の日の帰路で見かけた黄色い花を思い出しました。ハート型の葉を3枚つけた可憐な花を見て、同行者はクローバーかと言っていましたが、調べてみると「輝く心」という花言葉がついた「カタバミ」でした。

今、私たちに必要なことは、解毒力と生命力を備え、真実を写す鏡を磨くカタバミの花のように生きることであると感じ入りました。

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カタバミは世界中に分布する植物で、日本では道端や庭、畑など地面を這って自生している。地下に球根を持ち、さらにその下に大根のような根を下ろし、匍匐茎をよく伸ばして地表に広がる。

このため繁殖が早く根が深いので駆除に困る雑草であるが、カタバミは生薬として消炎、解毒、下痢止め作用のほか、真鍮の鏡や仏具を磨くために用いられたので、別名「鏡草」とも呼ばれ「輝く心」という花言葉がつけられている。(wikipedia)

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